――ただ一言、『願う』とおっしゃれば――。
女が発した誘惑の囁きは、若者を強く魅了した。
彼女の声は枯れ葉が擦れ合う音のようで、潤いがなく、ひそやかで、温もりがなく、それでいて耳に心地よかった。
女がはじめて若者のもとに訪れたとき、彼は絶望の淵に立っていた。
投資に失敗し、莫大な借金を背負い、長年の苦労の末に手に入れた牧場も抵当に入れられた。
最後のチャンスに賭けたポーカーも、借金を増やしただけだった。
金策も尽き、借金取りから逃れて、若者は安酒場の奥のテーブルにいた。テレピン油で薄めた粗悪なウイスキーは飲めたものでなく、かといって本物の酒を飲む金はない。
すべてなくした彼のもとに残ったのは拳銃が一丁。馬鹿な考えを頭に浮かべたとき、場末の盛り場に似つかわしくない花の香りがした。
顔をあげ、若者は気づいた。
酒場から客が消えていた。
カウンターの向こうも空だ。
薄暗く、しんと静まり返ったなか、彼のテーブルの傍らに、青いフードつきの外套に身をつつんだ女が立っていた。
――探したわ、あなた。
女は言った。
声に覚えはなく、フードの陰で見えない顔も見たことない顔のはずだった。
けれどなぜか遠い昔から彼女を知っているような気がした。
ずっと見られていた。
追われていた。
遠い昔からの因縁だ。
荒れ野で息絶えた、哀れな娘――!
あの娘に追いつかれ、目の前に回り込まれた。とうとう捕まったのだと、彼は感じた。
女は言った。
――ただ一言、『願う』とおっしゃれば、あなたのもとに莫大な富と名誉、由緒ある身分がもたられさるでしょう。